休職サラリーマンの日記

適応障害やうつ病と診断された私が、日々思うことを書き連ねていく予定のブログです。

非日常

今日は、夕方にドライブに出かけました。

もともと、ドライブが好きというか、運転が好きでした。適応障害になったときには、何百キロも走って、現実逃避をしたことがあります。

そのためには、知らない道を走るのがいいです。知っている道は、現実との接点となって、気分転換できないのです。

高速道路を走るのもいいです。遠くへ行けますし、信号がないので運転に集中し、自分のことをそんなに考えなくて済みます。

ただ、ドライブには難点があります。

まず、ガソリンが高い。ご存じのように、しばらく前から原油価格が高騰しています。おかげで、ちょっと給油しただけで莫大なお金を取られます。軽自動車なのに、1回の給油が3000円で収まらないこともしばしば。これが、ミニバンだったらとんでもないことになるでしょう。

そして、乗りたい高速道路の料金が高い。なので、最近は高速道路も避けています。たぶんですが、まだ下道のほうが安いはずです。もちろん、燃費が下がりますが、高速道路料金よりはましだと思います。

そう、ドライブもすっかり高級な趣味になってしまったのです。それ以外にも、車検やら部品交換やらもあり、正直「負債」です。しかし、車がないときは今よりも覇気が出ず、苦しい思いをしました。できれば、持ち続けたいと思っています。

ここで普通なら、「車のためにしっかり働こう」となるのでしょうが、残念ながら今はその気が起きません。正確には、「今の仕事に復帰する気持ち」は起きません。

心療内科の先生に相談して、復帰の見込みの時期を逆算して、転職活動を始めないと、と思う毎日です。

人生は自分で決めるもの

移籍を辞退しましたが、相手方から返信がありません。その程度のところだったということでしょう。もちろん、こちらも失礼をしたわけですが、それでも「承知しました」の一言くらいくれてもいいように思います。もう忘れますが。

また、移籍先の知人ともちょっと疎遠になっています。今回の件で離れてしまったらそれまで、と覚悟はしていたものの、ちょっと気にかかります。こちらは、少しく交流があったので、これからはちょっと寂しくなりますね。

さらに気になるのは、私の師匠。迷惑はかけていて、指導に従わない(従えない)ことも多かったのが原因か、そっけない返事をもらいました。

完全に人のせいにしているだけですが、この業界に入った最大の要因は師匠でした。「優秀だ」と私を判断して、この世界で大いにやっていけると踏んだんでしょう。実際は、心をぼろぼろにして、失敗したわけですが。

「謝れ」とは言いません。でも、引き込んだ責任というのは少し考えてもらいたいよなあ、と他責の念を持っています。

考えてみると、師匠からは何一つ学ぶことはなく、何も道しるべも作ってくれませんでした。何から何まで、すべて自分で調べ、師匠の背中をみて学んできました。いわば、職人の世界です。その苦労の中で、「就職できれば報われる」とどこかで考えていました。

しかし、ふたを開けてみると、その苦労は報われることはありませんでした。これまで頑張ってきたにもかかわらず、扱いがぞんざいな職場に就職したのです。そして、今は休職しています。

師匠の見立てが甘かったのでしょう。自分の職場以外の状況を知らなかったのでしょう。師匠の言うように、師匠の職場に入れれば良かったのかもしれませんが、師匠は私を入れるのに失敗しました。そして、「3年我慢しろ」と言われ、そのとおりにしましたが、なんの音沙汰もありませんでした。かれこれ10年、言われたようにしてきたのに、なんの報いもない。そんな状況に、私は疲れてしまったようです。

師匠の返事を見て、「この程度で潰れるなら、もはや道はない」と言っているように感じました。しかし、「この程度」で考えている環境は、師匠がいる環境です。あなたの環境がどれだけ恵まれているのか、考えたことはないのでしょうか。

確かに、その環境に入れなかったのは私にも責任がありましょう。実力がなかったとその職場が判断して、私を入れることを認めなかったわけですから。でも、それについて師匠はなんの責任も負わないわけですから、ずいぶんですよね。まあ、それこそが師匠であるとも言えますが。

愚痴が長くなってしまいました。何が言いたかったかというと、私の10年は師匠に握られていたのです。そして、パッと手を離されてしまったわけです。それは、私が自分で道を作らなかったことに要因があります。

そこで、やっぱり自分の人生は自分で決めないといけないんだな、ってことを感じたわけです。自分で決めれば、何か失敗があっても、甘んじて受けることができます。しかし、人が決めた道だと、失敗したときにその人のせいにしたくなります。なんというか、自分は責任から逃れようとしてしまいます。

本当は、それではダメです。だって、その師匠についていくことを決めたのは自分なんですから。ですから、無責ということはありません。その代償として今があるわけです。

とはいえ、師匠の境遇と自分の境遇が異なりすぎて、負け犬の遠吠えをしたのが今日のブログでした。

30代でこのことを学べたのは、ラッキーだったかもしれません。これからは、師匠やその周りの人たちとは距離を取って、「自分の道」を歩んでいきたいと思います。

なぜか辛い

移籍先の大学へは、お断りの連絡を入れました。これでよかったのだろうと、心が軽くなったのも束の間。

食べ過ぎで脂肪肝になっている私は、月1で内科に通っています。そこで、いつものように受診をしていたところ、急に心がズンと重くなりました。多分、うつ病の人は少なからずこのような瞬間があると思います。

移籍の辞退=私の力から言って、今の職で関東に戻れなくなった、ということから心が辛くなったのかなという気もします。でも、なんだかそれが原因ではないような気もします。移籍は条件も悪かったので、断った方がいいと考えているからです。

なので、私の中ではなぜモヤモヤしているのか謎です。しかも、すごく辛いわけではなく、なんとなく辛い状態で、長引くかもしれないと感じます。ドンと落ちると、じゅわじゅわ回復する感覚がありますが、落ち方が少ないと、全然這い上がらない感覚があります。ずっと何かに引っ張られているような感覚です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日は、妻が山登りを提案してくれました。頂上にある施設を訪れたかったようです。しかし、心のモヤモヤと体力低下とでぶが見事な相乗効果をもたらしました。5分くらいで「無理」になりました。異常な疲れで、どうしようもなかったのです。

やはり、山登りは全て万全なときにやったほうがいいと思います。5分の距離でさえ、「これ降りられないかも」と感じたくらいでしたので。同じような境遇の方は、ご参考になさってください。

事実上のドクターストップ

今日、心療内科を受診しました。

移籍のことで悩んでいると伝えました。そうしましたら、極めて説得力の高い説明を受け、移籍はやめた方がいいとおっしゃってくれました。誰一人、そのことを覚えていなかったので、今回の先生は本当に患者のことをよく見てくださっていると思います。

おかげさまで、移籍のことはすっかりお断りすることになりそうです。事実上のドクターストップです。誰も文句を言えません。私も、反論のしようがないご説明でした。

やはり療養には、いい先生が不可欠だと心から感じた1日でした。

人の意見

前の記事の人事のことで、悩み続けています。

私は、人の意見に流されやすいところがあります。ある人の意見に、理論武装があると、それがいいかなと思ってしまうのです。

今の職場に来たのも、自分主導というよりは、師匠の指導によるものでした。もちろん、私の業界は師匠の意向というのが非常に強く働くという事情はありますが。

しかし、やはり自分が覚悟を決めたものではないと、長続きしません。実際、今のところではうまくいっておらず、一度は退職しようとし、今は休職をしています。よくよく考えてみますと、師匠の言うとおりにして、うまくいった試しがないのです。

今の仕事は、最初は非正規職員として始めました。しかし、実は半年で辛くなって辞めているのです。その後に、コネで正規職員の話がきて今に至ります。そう考えると、もう3回くらいこの仕事で退職したいという気持ちになっているということになります。これが、師匠の言うとおりにしてきた結果です。

人は学べる生き物です。失敗は繰り返したくありませんし、その都度「やっぱりダメ人間だなぁ」と自己嫌悪に陥ります。しかも、相手方にも迷惑がかかるわけでして。社会人としても好ましくないでしょう。

この件を、家族友人に伝えたところ、移籍は条件が良くないから、見合わせれば? という意見が大半でした。確かに、そんな気がします。家族はせっかくこの仕事をもらったんだから、続けたら? という意見です。しかし、もう限界なんじゃないかなとも感じます。家族よりも、友人たちの方と世代が同じですから、自分の感覚に近い意見になるのかもしれません。

妻は、一番近くで私をみていますが、移籍してもすぐにダメになるだろうと言っています。私も、そんな気がします。

なので、大きく分けると、妻+友人の意見と、師匠筋+実家という大きな対立があります。私も前者に与したいところですが、後者も存在が大きく、裏切っていいものかという怖さがあります。仕事を辞めれば師匠筋は縁が切れますし、実家は意見を尊重してくれるとは思うので、実は切る人間関係はそんなに多くはないとも感じます。

ここまでが私の今の状況です。そして、最初の話ですが、いつもですと理論武装がしっかりした方に行ってしまうのです。しかし、今回はどうもトントンでして、初めて自分の意見をしっかりと組み立てなければならないと感じています。

一応、まだ移籍先から全ての条件を提示されているわけではないので、その連絡を見てから最終判断をしたいと思います。それまでは、考えすぎずに過ごしたいのですが、どうも気になってしまって、という嫌な循環の渦中にいる今日この頃です。

後退人事

今日、別のところからお誘いがありました。うちで働かないか? と。

しかし、今のところよりも条件が悪いのです。内部にごたごたがあるとも聞いています。

しかも都市部になるので、物価が上がります。家賃も随分と上がる。だけど、家賃補助は今と変わらず、給料は下がる。

役職はスライド。

これだけ書いていると、どうも気の進まない話です。しかし、今のところで復帰できるかというと、とても怪しい。

その別のところで働いている知人は言います。「何か問題が? 来たらいいじゃないですか。」と。

もはや私は、今の業界ではエリートコースを外れており、そもそもキャリアアップは望めません。なので、別のところでやり直すチャンスを得たのだから、いいじゃないかと。そう考える人もいるんだと思います。

しかし、ある人はいいます。「それは後退人事じゃないか。待遇が悪くなるんだから、慎重に考えろ。やめた方が賢明じゃないか。」と。

どちらがより私のことを考えてくれているのか。こう見ると後者なんじゃないか、と書いていて思いました。

私の師匠は、「ぜひ行くべきだ」と言うでしょう。今のところも、そうでした。そして失敗しています。

そもそもこの業界で人事に恵まれたことがないのです。それ自体、転職を勧められている気がしてなりません。

円満人事が一度くらいあってもいいじゃないか、恵まれないなあ。確かに休職したけど、私はそんなに日頃の行いが悪いんですかね(涙)。

なんだか生きているのが嫌になります。やっぱりいっそ辞めちゃおうかなあ。全部、投げ出したいなあ。

過食

リワークプログラムの参加を見合わせ、とりあえずは落ち着きを取り戻しました。しかし、どうも気分は仕事を辞めた直後に戻ってしまったように思います。

リワークというのは、本来は仕事復帰の前段階を意味するはずです。しかし、私の場合は、「リワークだってワークだろ」と思ってしまったようです。私は学校が嫌いだったのですが、そのようなプログラムになっていることも、原因だったと思います。私にとっては、学校も仕事のようなものだと思っていましたので。

これから先をどうするかは、土曜日に先生に相談しようと思います。ただ、リワークはできればやりたくありません。なんというのか、せっかく仕事から離れられるのに、仕事様のことをするのが辛いからです。それなら、素直に仕事に戻りたいかなと。

それにリワークは、お金がかかります。辛いことに対価を払うというのは、なかなかに心理的な障壁があります。

このように、リワークをしない理由を自分の中で確立しようとしています。確か心理学的にも、正当化が起こるのではなかったでしょうか。まさしくそれです。そして、この何とも言えないもやもやによって、過食気味になっています。もともと、具合が悪くなると拒食気味だったのですが、最近は過食になってしまいました。私は食べた分しっかりと太るので、本当に困っています。肝臓の値も悪いのに、悪循環に陥っています。

なので、今日は20分ほどエアロバイクをこぎました。カタログギフトでもらったものです。もう少しできそうでしたが、続けられないと意味がないので、20分で切り上げました。

少しずつできることを増やしていって、最後は仕事にも復帰したいなと思います。